自作医療アプリの共有は違法?CEが知るべきSaMDの壁と対策

Someone is editing with a stylus on a tablet. 医療DX・アプリ開発

 今回、私はiPad miniを活用して、個人利用を目的としたアプリケーションを自作しました。

 患者さんの情報を入力するだけで最適な治療条件を算出したり、推奨されるドライウェイト(DW)を提示したりできる、計算ロジックをまとめたツールです。開発の根底にあったのは、スタッフ間での適正な条件設定における「考えのばらつき」を抑えたいという思いと、何より自分自身が現場でどのように判断を下しているのか、その思考プロセスを明確に整理したいという欲求でした。

 当初は完全に自分専用の備忘録・補助ツールとして運用していたのですが、出来上がったものを見聞きした方から「ぜひ自分も使わせてほしい」というありがたいお声をいただく機会がありました。

 ツールを評価してもらえるのは非常に嬉しいことですが、同時に「これはそのまま渡していいものなのか?」という強烈な違和感を覚えたのも事実です。そこで今回、改めて自身の置かれている環境や医療アプリ開発の法的な位置づけについて、NotebookLMなども活用しつつ壁打ちをして整理してみました。

 結論から言うと、「自作アプリを安易に他者に共有することは、思わぬ法的な落とし穴に直結する」という厳しい現実が見えてきました。今回は、現場でシステムやアプリを作れてしまうスキルのある方が、自分自身の身と才能を守るために絶対に知っておくべき知識をまとめます。

自作アプリが「SaMD(プログラム医療機器)」になる境界線

 私たちが普段何気なく作ってしまうExcelのマクロやスプレッドシートの計算式、そして今回のようなアプリですが、その「機能」と「用途」によっては法的な規制対象に該当する可能性があります。

 得られたデータを基に、診断の候補や疾病のリスクをアウトプットして表示したり、疾病の診断・治療・予防に利用したりするためのプログラムは「医療機器プログラム(SaMD:Software as a Medical Device)」と呼ばれます。
 厚生労働省のガイドラインにおける判断基準の要点は、そのプログラムが提供する結果(アウトプット)が、医師の診断や治療方針の決定にどの程度影響を与えるか(リスクの大きさ)です。これを踏まえると、以下のような違いが出てきます。

  • 業務効率化アプリ(非医療機器)
    入力したデータをそのまま表示するものや、医学的な判断を伴わない単なる計算、日常業務の記録を目的としたものはこれにあたります。例えば、BMIの計算など、計算式が明確で容易に検証できるものが該当します。
  • SaMD(医療機器)
    患者のデータをもとに、独自のアルゴリズムや複雑な計算を用いて、新たな診断結果、疾患リスクの予測、具体的な治療方針の提案(「この条件ならこの設定が良い」など)を行うアプリです。

 今回私が作成した「この症例でこのデータであれば、この条件が良い」と推奨(リコメンド)を出す機能は、単なるif文のワークフローであっても、その結果が医師の診断や治療方針に直接的な影響を与える性質のものであれば、SaMDに該当する可能性が極めて高いとみなされます。

自己利用はセーフ、共有した瞬間にアウトになる恐怖

 では、SaMDに該当しそうなアプリを作ること自体が犯罪なのかというと、そうではありません。
 ご自身が担当する患者の診療を補助する目的で、ご自身のパソコンやスマートフォンの中だけで個人的に使用(自己利用)する範囲であれば、PMDAの承認は不要であり、薬機法違反には問われません。思考プロセスを整理するための自己学習用ツールとして使う分には、全く問題ないわけです。

 しかし、ここからが一番怖いところです。医療機器に該当する可能性のあるアプリを作成した場合、以下のような行動をとると違法(薬機法違反)となるリスクが跳ね上がります。

  • 院内での他スタッフへの共有
    ご自身の病院内であっても、そのアプリを他の医師やスタッフに共有して使わせた場合、「未承認医療機器の授与・提供」とみなされるリスクがあります。
  • 第三者への提供・配布
    作成したアプリを、国の承認を得ないまま他の病院の医師に使ってもらったり、アプリストアで公開したりすると、「未承認医療機器の製造販売・授与」となり違法となります。

 つまり、「これ便利だから使ってみてよ!」と善意でAirDropした瞬間に、薬機法のレッドゾーンに踏み込んでしまう可能性があるということです。

「なら自分でPMDAの承認を取る!」が無謀な理由

 「だったら、アプリの完成度を高めて、個人でPMDA(医薬品医療機器総合機構)の承認を通せば堂々と配れるのでは?」と考える方もいるかもしれません。エンジニア気質の方ほど、壁を技術と根性で乗り越えようとしがちです。
 しかし、法人を持たず、十分な資金や専門スタッフを持たない個人でPMDAの医療機器製造販売承認を通そうとすることは、事実上「極めて無謀」と言わざるを得ません。そこには以下のようなどうしようもない壁が存在します。

  • 「業」の許可と体制構築の壁(QMS体制)
    医療機器を世に出すには「医療機器製造販売業」の許可が必要であり、総括製造販売責任者などの専門の有資格者の配置や、厳格な品質管理体制(QMS体制)の構築が義務付けられます。
  • 膨大なコストの壁
    PMDAへの各種相談だけでも数十万円、承認審査費用や治験のデータ収集費用などを合算すると、数百万円〜数千万円規模の資金が必要になり、個人のコストバランスとしては全く合いません。
  • 市販後安全管理とサイバーセキュリティの壁
    承認されて終わりではなく、市販後の不具合対応や厳格なサイバーセキュリティ対策を永続的に行う必要があります。

 これを週末のプライベートな時間と個人の貯金でやり切るのは、どう考えても非現実的ですね。

才能とアイデアを社会に実装する「正解のアプローチ」

 既存の技術を組み合わせて、現場の課題を解決するアプリケーションを自作できる。その問題意識と実行力は、医療業界にとって本当に素晴らしい才能です。だからこそ、その才能を法的なリスクで潰してほしくありません。
 個人で作成したものを「個人の名義と資金」でPMDAに通そうとするアプローチは避けるべきです。もしあなたの作ったロジックが本当に社会に求められるレベルのものであれば、以下のようなアプローチを取るのが現実的です。

  • アプローチA:企業との共同開発(医工連携)
    ご自身のアルゴリズムや計算式のロジック(知財)を、すでに医療機器製造販売業の許可とQMS体制を持っている企業に提案し、共同開発やライセンス契約の形で製品化を目指します。数千万単位の費用や法的な体制構築の負担を企業側に任せることができ、最もスピーディです。
  • アプローチB:大学や研究機関の支援を受ける
    大学等の研究機関に所属している場合、産学連携部門やTLO(技術移転機関)に相談することで、特許取得のサポートや企業とのマッチングなどのバックアップを受けられます。
  • アプローチC:スタートアップ起業
    ご自身で法人を設立し、資金調達を行って薬事の専門家を採用し、企業としてPMDA承認に挑む方法です。多大な労力はかかりますが、事業として大きく展開できます。

 開発者の役割は「医療の専門知識に基づくコアとなるアルゴリズムの提供」に特化し、薬事承認やシステム保守のハードルは「すでにその機能と資金を持っている企業」とタッグを組んで超えるのが、最もコストバランスが良い正解のアプローチとなります。

まとめ:自分の身を守りながら医療DXを楽しもう

 今回のアプリ開発を通じて痛感したのは、「作れること」と「配れること」の間には、見えない巨大な壁があるということです。

 ご自身が担当する患者の条件を検討する際に、自分の思考プロセスを補助するツールとして、ご自身の端末の中だけで使用する分には問題になりません。しかし、実際の患者の治療に推奨を出すツールとして他人に使わせる形にした時点で規制の対象になる可能性が高い、というのが現在のルールです。

 医療DXを推進し、目の前の業務を改善しようとする姿勢は間違いなく尊いものです。私自身も、iPad miniを使ったプロトタイピングやサーバーレス開発は今後も楽しく続けていくつもりです。
 ただ、その「手軽さ」ゆえに、いつの間にか法律の線を越えてしまわないよう、自分が作っているものの性質(SaMDに該当しないか)と、その用途(誰がどう使うか)には常に敏感でありたいと感じています。アプリを作れる皆さんも、ぜひこの「見えない落とし穴」を知った上で、安全でワクワクする開発ライフを楽しんでいきましょう。

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